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05.19
Sat
 こないだ送ってもらった羽生結弦展の写真集など眺めていると「このひと本当に私たちと同じ時空を生きているんだろうか」という疑問がわいてきたりする。以前も「羽生結弦くんの超越性」という記事を書いたが、羽生くんはどこかやはり普通の人と違う時空を生きているのではないか、と思わせるものがあるのだ。もしかしたら本当にこの人は、身の周りに見えない結界を張っていて、その中で実は私たち普通の人間とは違う時空を生きているのではないか、などと妄想してしまった。
 そんな折り、前の記事のコメント欄で教えていただいたのだが(まあさ様、ありがとうございます)、宗教学者の山折哲雄氏が、羽生くんについて書いた文章が新聞に載っていたそうだ。ものすごく乱暴に要約すると「ニューヨークタイムズに羽生くんが氷上のマイケル・ジャクソンだと表現した記事が載った、マイケル・ジャクソンといえばムーンウォークだが、それで思い出したのが中世ヨーロッパのダンス・マカーブル(骸骨の踊り)である、その共通点は踊り手の肢体を死体に近づける、つまり自動機械的になるということ、また、中世日本の夢幻能についても思い浮かべた、シテの多くは亡霊であり、身体の生々しさを抑えて死=霊の領域に近づくことで究極の花ある舞台となる」そして文章はこう結ばれる。
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 平昌五輪決勝の最終場面、ショートプログラムで首位に立った羽生選手がフリーの演技に滑り出した時、笛が鳴り、映画「陰陽師」の和楽器の音楽が流れた。その時、彼はすでに、マイケル・ジャクソンならぬ、能役者シテの運命を生きていたのかもしれない。
 「氷上のマイケル・ジャクソン」とは、いみじくも言ったのだ。
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 なるほど。羽生くんと能をからめた記事を三本ほど書いた私としては、山折氏も羽生くんと能を結びつけたんだ、ということがなんだか嬉しい。それにしても、マイケル・ジャクソン、ダンス・マカーブル、そして能と、すごい発想の飛躍である。いずれにしても「人間存在としての生々しさが抑えられている」というところがポイントであろう。山折氏の考察では死、亡霊といったものに焦点が当てられているが、それに限らず、普通の人間の生でない領域、といったものを羽生くんは感じさせるといって良いのではないだろうか。
 SEIMEIは陰陽師だから、普通の人間の領域とそれ以外との交差点にいるような人、White LegendやNotte Stellataは白鳥、Hope & Legacyでは自然そのものやその精霊、バラード第一番では音楽そのものと化している、……いずれも、普通の人間の生々しさは抑えられている演技と云える。その点、ロミジュリは人間を演じたものだが、激しい恋と若さという要素で、普通の人間の日常を超越しているようなところがある。オペラ座のファントムはそれと比べると具象度が高いが、しかし恋と孤独と狂気という超越性は帯びている……。
 といったようにプログラム単位で見てもそうなのだが、羽生くん自身も、基本的に生々しさを感じさせない……たとえば勝負に対する執念といったものは見せるけれども、それすらもなぜか生臭くはない……不思議な存在感を持っている。やっぱりどこかなにかが「超越的」なのだ、羽生くんは。だから「結界を張ってその中で違う時空を生きているかも」なんて妄想を抱いてしまうのだ。
 生身の人間に違いないのに(と思うけど)、そういうふうに感じさせる存在感はいったい何から生まれるのだろう。並外れてスタイルのいい容姿や透明感、といったことだけでは説明のつかない何かがそこには介在している気がする。そういうふうになんとも捉えがたいところも、羽生くんの尽きせぬ魅力の源泉の一つだと思うのだった。

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 博多駅に用事があったので、サマンサタバサリゾートに寄って、例のオークションで落札された靴を見てきた。ガラスケースの映り込みがあるので写真はきれいに撮れていないけれども。
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コメント
確かに生々しさを感じさせない人ですね。
闘志むき出しで喜怒哀楽もはっきりしてるのに。

彼の演技は巫女的だと誰方かが言ってましたよ。
その為には清浄でストイックでなければいけないと。
彼は現役である間は俗世界から距離を置き、スケートに精進してますよね。

随分前でしたが「羽生結弦はヴァーチャルリアリティだ」というネタがネットにありました(笑)
羽生結弦という名前からして、美しいジャンプを跳ぶ、美しい主人公にピッタリ。
あの超絶二次元スタイル。波乱万丈過ぎるスケート人生。異次元と言われる演技。
絶体絶命と思えるピンチから劇的な勝利を掴むとこなんて、なんかもう毎回出来過ぎじゃないですか?

私が長年夢見ていた男子フィギュアの理想を具象化してくれてる彼。
ヴァーチャルリアリティでもおかしくない、いや、本当にヴァーチャルリアリティなのかもと、実は少し思ってます(笑)
なでしこ | 2018.05.20 13:00 | 編集
なでしこさま
巫女的、確かにそうかもしれません。
羽生くんはどこかそういう、清浄無垢なところ、俗世間からちょっと離れた感じを受けますよね。たとえマックに行って炭酸飲料とポテチを食べていても。

羽生くんのヴァーチャルリアリティネタは私も見た記憶が(笑)。
本人も「漫画の設定としても出来すぎ」みたいなこと云ってましたよね。

たとえ本当に幻でした……ということになっても、あんな美しい幻ならそれを実在と信じた自分に後悔はない、と思えそうです(笑)。
えのき | 2018.05.21 22:18 | 編集
えのき様、なでしこ様
この超越性のテーマは羽生くんを語るに相応しいものですね。「能」の話と共に彼の多くの作品の底に流れているというお話、興味深く読ませて頂きました。なでしこ様の言われた巫女、ヴァーチャルリアリティーにも通ずるような気もします。
「能」で思い出すのが「隅田川」、「羽衣」です。探し求めた愛する亡き子の幻影が舞う場面、地上に降りた天女が返して貰った衣を纏って天に昇ってゆくシーン。いずれも死、天上という超越的な別世界との関わりです。
それでまず思い出したのが、羽生くんの、「白鳥」です。彼の意図は別かも知れませんが、以前も書きましたが、私には、あの見事な星空から震災で亡くなった人の魂が降りてきて舞っているような気がしてなりませんでした。
私には彼のどの作品も、えのき様が仰るように、震災以後、死、天、など超越的別世界と切り離せないものがあるように思われるのです。彼が意識してるかどうか分かりませんが。
巫女と言えば彼の容貌もその超越的存在にピタリと言えますね。
美しい二次元の幻影ーーやられます、終。
ルピナス | 2018.05.22 23:53 | 編集
ルピナスさま
能は、死者や異界との関わりが大きい演目が多いのですよね?そして白鳥もそういった象徴になり得ますね。羽衣も白鳥説話の系統だとされているのでしたっけ。あと、ヤマトタケルが死後白鳥になって飛びたったというような伝説もありますね。
震災といえば「花は咲く」も羽生くんは演じています。あの歌詞は死者の立場から歌われたという解釈もあるらしいですよね。
羽生くん自身の意識は別として、羽生くんの演技に、あの世、天、など超越的な世界を見るのはある意味自然なことかもしれません。

羽衣といえば「花になれ」の衣装で天女を連想してしまう私です。
えのき | 2018.05.23 10:22 | 編集
えのき様
そうですね、白鳥伝説ーそして羽衣も。花は咲く、もそうでしたか。
たまたま本当に偶然ですが、今その曲が聞こえてるのです、そうが羽生くんはANAでしたね。 私も羽衣を着けてそろそろ超越の世界に飛び立ちましょうか。
ルピナス | 2018.05.23 13:04 | 編集
ルピナスさま
羽衣をつけて飛びたたれましたでしょうか。
私は地べたを這っております(笑)。

ANAといい、羽生くんは「飛べる」ものに縁がありますね。
えのき | 2018.05.23 17:27 | 編集
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| 2018.05.24 03:52 | 編集
非公開コメントさま
お疲れさまです。その後いかがでしょうか。お気をつけて。
えのき | 2018.05.24 22:24 | 編集
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