FC2ブログ
03.07
Mon
 うわごとたわごとのような記事だがよろしければおつきあい願えれば幸いである。
 しばらく前、寝る前に、古本で購入した「遊」(工作舎)の野尻抱影・稲垣足穂追悼特集号を読んでいた。1977年の発刊である。野尻抱影氏も稲垣足穂氏も、方向性は違うものの「天体」にまつわる文章をたくさん遺し、相次いで此の世を去った。私は若い頃から稲垣足穂氏の書くものが好きでわりとたくさん読んでいて、さらに最近野尻抱影氏も若干読むようになったので、上記「遊」をとりよせてみた次第である。
 二人とも、なんというか、超越的な人物である。というか、少なくとも書いているものにはなんともいえない超越性を感じる。此の世の普通の人間ではないような何か。そもそも「天体」という超越的なものを愛してやまないところが超越的だ。
 それであるときふっと思ったのだが、この二人の書くものなどに感じる感じと、羽生くんを見るときに感じる感じが、似ているのだ。
 羽生くんはよく天使だの悪魔だの妖精だの精霊だの阿修羅だの天女だの宇宙人だの、此の世ならぬものに喩えられる。それは羽生くんという存在が、何らかの「超越性」を帯びているということのあらわれであるように感じる。
 もちろん、羽生くんのスケーターとしての実績は「超越的」だし、年齢のわりには非常にものごとに対する考えの深さなどを感じさせるところなども「超越的」である。しかしそういうことだけでなく、なんというか、羽生くんという存在性自体がそもそも超越的であるという感じがする。たとえば、稲垣足穂氏の書いたものの中には星が人間に化けて云々、というのがあるが、実は星が人間に化けて地上に降りてきてまぎれこんでいるのが羽生くんなんだよ、と云っても話が成立しそうというか。あと、私は羽生くんは実はかぐや姫のごとく月の世界の住人なのではないかとか、鶴女房のごとく何らかの事情で人間に化けている鶴ではないかと妄想したこともある。
 私は別に羽生くんをいたずらに神格化したいわけでもないし、いたずらにオカルト的な話をしたいのでもない。羽生くんはスケーターとしてはスーパースターだが、玉子かけご飯とゲームが好きな普通の男子という面も持っていることも知っている。ただ、此の世には、他の人とは違う何かを感じさせる超越性を帯びている人というのが数は少ないが存在していて、羽生くんはその一人に含まれるのではないかということだ。
 「羽生結弦くん「陰陽師」妄想」という記事も書いたが、そんな超越的なものを感じさせる羽生くんが安倍晴明を演じるというのはすごく似つかわしいと思う。安倍晴明は天文道に通じているということで、野尻抱影氏や稲垣足穂氏が愛した天体のイメージともつながる。
 そういえば安倍晴明は葛の葉という白狐から生まれたという伝説もある。羽生くんも実は狐だと云われてもなんだか話が成立しそうである。妖狐が羽生夫妻の胎児に憑依し(どっかで聞いた話だな)それで生まれたのが羽生結弦くんという次第である。羽生くんは特にスケートの演技中など、なんともいえずもの狂わしい感じを見せることがあるが、それは狐の妖気が発散しているときなのではないか。
 とすると、羽生くんの魅力にとりつかれている私などはさしずめ「狐憑き」なのかもしれない。そんなふうなちょっといかれた感じを、自分の中に感じないこともない。

*******

 先日文房具店に入ったら店頭の目立つところに「五郎丸自由帳」がどんと置いてあった(ほかにもいろいろあった)。反射的に「羽生結弦自由帳も出せばいいのに」と思ったことは云うまでもない。羽生結弦自由帳……羽生結弦を自由にできる帳……(違う)。おおきいおともだちがたくさんかうとおもうのだが。




スポンサーサイト

comment 0 trackback 0
トラックバックURL
http://yuzurujimigatari.blog.fc2.com/tb.php/21-01944397
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top