11.29
Tue
 NHK杯の余韻もさめやらぬうちに羽生ファン界を騒がせている、織田くんのツイッター上の「恋ダンス」動画。本当にノリノリでキレッキレですごくいい。腰使いが無駄にエロいし。本家星野源さんからもほめられてるみたいだし。結構何度も観ている。
 「Notte Stellata」みたいに優雅でしなやかな羽生くんもとても素敵だけれど、ノリのいい曲でキレキレなダンスを踊る羽生くんっていうのも前から好きである。陸上でも氷上でも。トロントに渡った少し後くらいに、ヒップホップダンスかなんかのレッスンを受けているところがちらっと映ったりしたが、もっと見せてくれえ!と心の中で叫んだものだ。エキシナンバーでもノリノリ系の曲がいくつかあるけれど、たとえば「Somebody to Love」なんかはわりとダンスの要素が強い感じで好きである。あとはTHE ICEに出たときの男子グループナンバーでの羽生くんもキレキレ感が際立っていた。ショーやエキシのオープニングとかフィナーレとかも羽生くんのキレキレ感が出やすいタイミング。試合プログラムだと、パリ散の、特に後半のステップ部分の調子がいいときとか。
 身体の線にシャープさとしなやかさの両方があるから、あの見ててすごく心地いいキレキレ感が出るのだろうなあ。もちろん音楽に対してすごく鋭敏で音にぴったり合っているというのもあるけれど。
 で、そういう意味では今期のショートプログラムもキレキレ感が期待できるところ。今でもキレキレ感がまったくないとは云わないが、まだまだ出せそう。というか、こないだのエキシの最後にアンコールでやったショートのステップ部分、試合の時よりキレがあったと感じたのだがどうだろう。試合でない分リラックスしてノリやすかったというのもあるだろうが、衣装の影響もある気がする。白鳥衣装はボトムが黒だから輪郭がはっきりしてよりキレ感が伝わりやすかったのではないだろうか。というわけで、しつこいようだがショートの衣装は濃色、できれば黒がいいとやっぱり思うのだった。


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11.27
Sun
 羽生くん優勝おめでとうございます。
 ああ、この人は「ちょっとぐらいのミスだったら300点とか超えるし」っていう領域に入っていたのねえ、となんか遠い目になってしまった。

 ショートは4Loがちょっと、だったけれど、後はさすがだった。4S3T決めた後にちょっとドヤ感のある溜めがあったのが印象的。というか今回、全体的にいい感じのドヤドヤ感があってよかったと思う。スピンステップもレベルとれてるしGOE欄は4Lo以外羽生結弦クオリティの数字が並んでるしPCSも結構いってるし。
 さて、あの衣装の変更について。白は溶け込むのでマイナーチェンジしてくる可能性がある旨聞いてはいたので、色をつけてくる可能性というのはあると思ってたけど、どうなんでしょうね皆さんにルマンドと云われているあの色。色もだが、あのボトム部分の、うっすら青光りする素材、あれは下半身の質感をことごとく拾うのでけしからんと思う。良家の子女が目のやり場に困るではないか。
 真面目に考えれば、どうせ紫にするのだったら、菫色くらいの濃い紫にしてもよかったのに、と個人的には思う。私が好きにマイナーチェンジしていいのだったら、衿とベスト部分の模様以外のところは黒にして、脚の側面の模様は銀で入れるけど。

 フリーで4Lo跳び上がった瞬間はあっ、と思ったが着氷うまくいってよかった。後で猫足着氷の織田くんに「膝の柔らかさ」をほめられてて嬉しかった。4Sはすごく綺麗だった。3Fは本当にステップの延長という感じで跳ぶなあ、と。後半の4S転倒は惜しかったけれど、4T決まったし、4Sの後につけられなかった3Tを3Aのあとにつけてきたのはさすがだな、と(両手上げ2Tが好きな人間としてはちょっとさびしいけど)。3Aからの三連の最後が2Sになったのも惜しかったけれど、3Lzもコレオの延長という感じで決まったし。何はともあれ、振付のブラッシュアップもした上で、スケートカナダよりまとまった演技ができて点数も伸ばせたのでよかったんじゃないだろうか。本人も云っていたけれど、やはり3Aの確率が高く、質もいい、というのはすごく大きな武器だと思う。他の選手の演技を観ていると、多くの選手がやはり3Aはかなり構えて「よっこらしょ」と跳んでいる感じがする。そこをほとんど構えずに「ひょい」と跳べる羽生くんはやはり凄い。
 表現面では、視線を遠くのお客さんまで配れた、というようなことを云っていたし、深化してきていると思う。ステップは、やわらかな風とせせらぎ、揺れる木の葉と木漏れ日、という感じかなと思った。コレオは、ひとしきり風が強くなって、ざわめく木々と瀬音、という印象。ただ、ステップスピンレベルをとりきれていないところもあるし、羽生くんなら、表現面もっといけるよね?と思いもした。

 もちろん、羽生くん自身も「まだまだ」と云っているし、今回のNHK杯は一つの通過点ということでいいのだと思う。今後にさらに期待。

 ネットで記事を読むに、ジャンプ重視の羽生くんと、トータルパッケージ重視のオーサーコーチとのあいだで見解の相違みたいなものがあって、それで話し合いをしたとかだそうだが、いいことだと思う。羽生くんが昨季あれほど高い評価を得たのはトータルパッケージとしての強さがあったからこそだというのは確かだからオーサーコーチの考えることももっともだし、一方、たとえば今回のブラウンくんの演技などを観ると、ジャンプあってこそのトータルパッケージだという羽生くんの意見も一理ある。どちらかが押しきるのではなく、ちゃんと話し合いをしてやってゆくというのはいい関係でないとできないことだと思う。どちらにせよ、二人とも目標は「しかるべき時に最高の演技を」ということで一致しているはずだから、そこに至る道への見解の相違というのはある程度であればむしろあった方が複眼的にものごとが見られていいのではないかと思ったりする。

 他の選手についてもちょっと。チェンくんは4回転マシンとしての実力は十分に出し切れなかったかもしれないけれど、演技中に大胆に構成を変えてくる度胸とかも含めてよかったと思う。グランプリファイナル進出おめでとう。田中くん渾身の演技で3位表彰台、パーソナルベスト更新おめでとう。日野くんも初のグランプリシリーズ参戦でパーソナルベスト更新でよかった。この経験がきっと今後の糧になると思う。私としても羽生くん同様、日野くんには「もっと来いやあ」と云いたい。ゆづ、デカ、フェイがそろうところをもっともっと見たい。ファイナル進出も期待したブラウンくんがジャンプ不調だったのがちょっと残念。でもやっぱり、バレエジャンプの高さとかスピンの個性とか、演技は美しくて好きだ。
 女子は知子ちゃんがショートではめずらしいミスがあったけれどフリーでは二位まで巻き返してグランプリファイナル進出できてよかった。ポゴリラヤちゃんソツコワちゃん二人ともそれぞれに個性ある演技でよかった。新葉ちゃんちょっと惜しかったけれど全日本に期待。悠良ちゃんもグランプリシリーズ2戦戦って得るものはいろいろあったんじゃないかな。

 BS難民なのでエキシはまだ観られていない。どうやらいろいろ楽しかったようで、このあと地上波でちょこっとやる分と、後日届くはずの録画ディスクを楽しみにしたい。

 さあ今季も羽生くんは2週間おきにファイナル、全日本と連戦になる。くれぐれも体調に気をつけてがんばってほしい。


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11.23
Wed
 さて今日は、羽生くん自身がどうであるかということではなく、私たちファンが羽生くんに何を見ているか、ということに関する話。羽生くんは、ファンにいろいろなイメージを喚起させて、私たちの心を惹きつけてやまない存在だけれども、なぜそうなんだろう、ということについて、ちょっと考えてみた。
 ユング心理学が面白いと思っている。とはいえ、入門書をいくつか読んだレベルだし、ユング心理学についてちゃんと説明しようと思うとすごく長くなると思うのでここではごくごく部分的にかいつまんで、主として『ユング心理学入門』(河合隼雄著、河合俊雄編、岩波現代文庫)を参照して書く。ユングは人の心の中に「元型」と呼ばれる何種類かのイメージがあることを指摘した。その人の自分自身では認めたくない部分を指すシャドウ、その人が社会に向けている顔であるペルソナ、大地母神的な母の像であるグレートマザー、仙人のような智恵に溢れた存在である老賢者といったものである。それらの元型の中にアニマ、アニムスと呼ばれるものがある。アニマとは男性の心の中の女性像、アニムスとは女性の心の中の男性像である。たとえば恋愛なんていうのは、互いに自分の中のアニマ像、アニムス像を知らないうちに相手に投影してたりするものらしい。
 で、誰かのファンになる場合も、往々にしてアニマ、アニムス像の投影が行われているのだと思う。羽生くんのファンである私は、おそらく私の中のアニムス像を羽生くんに投影している。
 さて、アニムス像には四つの段階があると云われている。順に、力のアニムス、行為のアニムス、言葉のアニムス、意味のアニムスである。力のアニムスは男性の肉体の力強さの面が強調されて、スポーツ選手などのイメージであらわれることが多い。行為のアニムスは、力強い行動力といった面が強調される。言葉のアニムスになると、肉体性より論理性や合理性といったものを求めるようになり、言葉でものごとを的確にあらわす力を持った男性のイメージになる。意味のアニムスは、言葉で説明するだけでなく、ものごとの意味や価値を指し示してくれる精神性の高い存在ということのようだ。
 で、世の中にたくさんいる女性が、それぞれどの段階のアニムスを持っているか、あるいはどの段階のアニムスが強いか、ということは人それぞれだと思うのだが、なんだかこの四段階のそれぞれの説明を見る限り、羽生くんはどの段階でも対応できてしまうんじゃないか?と思うのである。アスリートだし、自分の思うところを力強く進めてゆく行動力もあるし、言葉を使う力にも優れているし、いろいろなものごとの意味や価値というのもきちんと考えている感がある。羽生くんの「多くの人を惹きつける、多様な魅力」というのは主にこの「アニムスの全段階に対応できる」ことによっている気がする。
 のみならず。往々にして女性性も感じさせる羽生くんは、ひょっとしたらアニマも投影しやすい存在なのではないかと思う。アニマも四段階に分かれていて、最初が生物学的な段階、次がロマンティックアニマと呼ばれる段階、その次が霊的な段階、最後が叡智のアニマと呼ばれる段階である。生物学的な段階というのは、女性の性の面だけが強調されたアニマで、よく娼婦のイメージであらわされる。ロマンティックアニマというのは、女性を性だけの存在ではなく一個の人格として認め、ロマンティックな恋愛と結びつける段階。西洋の文学などでの主人公が恋愛する美しい女性像なんかが典型的なイメージ。霊的な段階は聖母マリアに見られるような、清らかさと慈愛に満ちた母性の両方を感じさせるイメージ。叡智のアニマは、ギリシャ神話の女神アテナや、弥勒菩薩像などに見られるイメージで、深遠な知性を感じさせ、両性具有的な面も持つ。羽生くんは娼婦のイメージというのはちょっと当たらないにしても独特のエロティシズムを持っているし、ロマンティックなお姫さま風のイメージも持っているし、こないだの「Notte Stellata」なんてまさしく清らかさと慈愛に満ちていたし(と私は思った)、知性と両性具有性ということともイメージがつながるし。ちなみに『ユング心理学入門』にはこんな記述もある。
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アニマが動物の姿をとる場合もあり、その典型的なものとして「白鳥の乙女」をあげることができるだろう。いわゆる「白鳥の乙女(swan maiden)」のお話は全世界に分布しており(中略)アニマの持つ抗しがたい魅力と、そのとらえがたさを生き生きとわれわれに伝えてくれる。
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 いわゆるノンケの男性でも羽生くんの魅力に悩殺されることがあるらしいというような話があるが、それはこういった、アニマのイメージを投影しやすそうなところに由来している可能性もある。羽生くんが女性でないだけ、かえってそのアニマ性を純粋な形で投影しやすいということさえあるかもしれない。
 ついでに。老賢者という元型は、高度に自己実現された自己のイメージとしてあらわれてくるものらしいが、文字通り老いた賢い人である。しかしこの老賢者は子どもの姿をとってあらわれることもあるらしい。年の割には大人びた賢さをもちながら、無邪気な子どもの笑顔を見せる羽生くんには、ある意味この老賢者のイメージさえある、と云えなくもない。

 ところで『ユング心理学入門』にはこんな記述も。
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アニマは女性に対して投影されることが多いが、必ずしもそうとはかぎらず、何かの物事や、物体がその役割を果たしている場合もある。その典型的な例としては、アメリカにおいては自動車がアニマ的な役割をもっているように思われる。男性は競って素晴らしい自動車を買い、それを世話し(彼らはまさに自動車を世話し、愛撫さえしている)、それについて友人たちと話し合いをする。
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 ひょっとして羽生くんのイアフォンには、羽生くんのアニマ投影されてたりするのかな。

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 いよいよNHK杯が近づいてきて、羽生くんも札幌入りしたとか。どきどき。しかし私はショートプログラムの日はよんどころない用事で帰りが夜遅くなるので、せっかくの生放送を観られないのだ。しくしく。


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11.21
Mon
 中国杯は地上波で深夜に放送してくれる、と思って録画しようとしたら、うちのあたりは放送されない「一部地域」だったらしい。福岡は確かにフィギュアスケート文化圏ではないからなあ。でも通年リンクもあるしフィギュアスケート教室だってあるし、福岡を拠点にしている選手だっているんだ。2013年にはグランプリファイナルを福岡で開催したんだ。もっとフィギュアスケートにやさしくしてくれたっていいじゃないか。そういえばこないだのNHKスタジオパークかなんかでフィギュアスケートのことをやっていたのだったと思うけれど、それも地元J2のチームの中継につぶされたっけ。
 さて愚痴はさておき、中国杯が終わって、チャン氏がファイナル確定。で、残る三枠をめぐる争いになるけれども、ジンくんは中国杯で2位に終わったことでかなり苦しくなったか。というわけで、可能性があるのは、すでに2戦終えている選手の中ではリッポンくん、NHK杯に出る選手では羽生くん、ブラウンくん、ビシェンコさん、チェンくん、コリヤダくんということになってくるか。NHK杯の上位がどんなふうになるかということは、チェンくんがどのくらい実力を発揮して、どのくらいの順位に食い込んでくるかということがポイントになってくるか。
 私個人の好みだけで云うと、現在確定している宇野くん、フェルナンデスくん、チャン氏に加えて、羽生くん、ブラウンくん、リッポンくんという六人でのファイナルというのが一番観たい感じだけれど、さてどうなるか。

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 私が時々行くマツキヨは、あまりメジャーな場所でもないし羽生くんポストカードつきのきき湯はないだろう、と漠然と思っていたらあったので思わず買ってしまった。バスクリンの思うつぼ。
IMG_3555.jpg



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11.17
Thu
 「Notte Stellata」に関して、白鳥というものについてなんとなく考えているうち、そういえば白鳥には両性具有的な意味があるのだと以前何かで読んだな、と思い出した。それで、ずいぶん前に買った『シンボル・イメージ小事典』(ジェイナ・ガライ著、中村凪子訳、社会思想社現代教養文庫)を引っ張り出してその中の「白鳥」の項を見てみたらそういう記述があった。あらためて興味深かったのでちょっと長いが「白鳥」の項の解説部分全文を引用する。
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 詩人のシンボルであり、詩人のインスピレーションの源であり、ウェルギリウスとアポロンの魂そのものである白鳥は、美しい姿と優雅な動きが忘れがたい印象を与える。ウェヌス(ヴィーナス)は水に映った白く柔らかく、ふくよかな自分の体を見て、白鳥を自分の鳥とした。そこで白鳥は、官能的な裸身を持ち、しかも貞節な処女というイメージで詩にうたわれた。 しかし、白鳥はいま一つ別の意味をもつ。水にさしのばされる力強く長い首は男性としての意図をもつものとされ、両性を表わす二重の意味をもつことによって、白鳥は満たされた欲望を象徴するようになった。この不思議な両性具有という相反する二つの性質のゆえに、白鳥は神話のなかではもっとも深い尊敬の念をもって扱われ、また呪術的な意味をもつものとされた。騎士も、そしてまた処女も、ともに白鳥の羽をまとって変身する。ユピテルは白鳥となってレダのもとへ飛び、ローエングリーンはエルザのもとへ飛ぶのである。ケルト神話によればケールはある年はケルトの乙女に、次の一年は白鳥に姿を変えて、貴公子アンガスを誘惑する。
 瀕死の白鳥が歌うという神秘の歌は、プラトンやアリストテレスさえ信じたが、いま一つ欲望の充足という隠された意味をもち、その欲望は死を代償とするものであった。王家の紋章、あるいは居酒屋の看板に、竪琴とともに描かれた白鳥をしばしば見るが、これは白鳥の歌についてさらに深い説明を与えている。竪琴の音は熱情的でもの悲しく、地上の苦しみへの哀歌を奏でる。情熱的な白鳥はこの切々とした旋律と結びついて、詩人の悲劇的な死や、芸術に身を捧げた人びとのロマンティックな自己犠牲の精神を象徴するのである。
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 まず「官能的な裸身を持ち、しかも貞節な処女というイメージ」というところからすでに羽生くんぽい。羽生くんの「Notte Stellata」に関して、私は「羽生結弦くんの両性具有性」という記事で「清らかであるにもかかわらず不思議なメロウさすら感じさせる女性性にあふれていたと思うのは私だけか」とこないだ書いたけれど、つまりそれは本当に白鳥らしい、ということなのだな。そして両性具有性。「水にさしのばされる力強く長い首は男性としての意図をもつものとされ」とある。全体としては女性性が強く感じられる「Notte Stellata」でもたとえば二度のアクセルジャンプのところとかは、羽生くんの持つ男性的なシャープさがあらわれていると思う。両性具有的な意味を持つ白鳥というものをあらわすのに羽生くんほどふさわしい人はいない、と云えるのかもしれない。逆に、羽生くんの羽生くんらしさを引き立てるのに白鳥はとてもふさわしい演目であるとも言える。
 あと「瀕死の白鳥」について。「Notte Stellata」の原曲であるサンサーンスの「白鳥」はバレエにおいては「瀕死の白鳥」に使われた曲ではあるけれど、羽生くんの「Notte Stellata」では瀕死の白鳥を演じているという要素はおそらくないと思う。ただ、瀕死の白鳥の歌が欲望の充足とその代償を象徴しているという面は、羽生くんのフィギュアスケーターとしてのあり方を彷彿とさせるものがある。上記引用の最後のところに「芸術に身を捧げた人びとのロマンティックな自己犠牲の精神」とあるが、身を削るようにして、高みを求めてフィギュアスケートに打ち込んでいる羽生くんの姿がこの記述と重なる。とはいえ、羽生くんが求める演技を成し遂げる代償が死ではもちろんファンとしては困るわけで、怪我などといったことも含めて、その代償がなくてすむことを祈るのだが。
 それにしても。上記引用の中程に白鳥は「呪術的な意味をもつものとされた」とあって、神話や伝説での白鳥への変身の例がいくつか挙げられているけれど、確かに白鳥と化した羽生くんの魔力の強さよ。ただひたすらうっとりとその魔力に囚われたままでいる今日この頃である。

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 東京西川のピールオフ広告とかきき湯の巨大看板とか、そういう情報が流れるのをただ指をくわえて見ていることしかできない福岡県民。さらにNHK杯のエキシビションがBSでしか放送がないと知ってBS難民としては客観的に暴れようかと思ったが、今公式サイトを見たら一応地上波の深夜に「エキシビション」の文字が加わっている。よかった。でも時間的に考えてダイジェストでしかなさそうだし、選手のインタビューコーナーも観たいので、人にBS録画をお願いしたけれど。


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11.13
Sun
 フェルナンデスくんは二週連戦ということでコンディショニングが難しいところもあったのではないかと思うが、あれだけまとめてくるのはさすがだなと思う。ファイナル進出確定おめでとう。テンくんはやっぱり、特に表現の部分に地力があるなあと感じる。リッポンくんの表現力もやっぱり好きだ。グランプリシリーズ二戦連続表彰台おめでとう。無良くんはフリー後半の4S回避したけれど、前戦よりはスコアもあがったということでよかったと思う。全日本までにまたじっくりと練り上げてきてくれることを期待。チェンくん、ショート、フリー共に4Lz-3Tと4F決めてきたのは恐るべし。フリーでジャンプの失敗が多かったけれど、NHK杯で立て直してくるか。羽生くんとの対決が楽しみ。
 メドベデワちゃんはフリーで珍しいジャンプミスがあったものの、やっぱりトータルパッケージとしての実力はすごいなと思う。ソツコワちゃん優美な滑りで素敵だった。新葉ちゃんノーミスではなかったものの全体としてすごくよく演技できてたと思う。グランプリシリーズデビュー戦で表彰台おめでとう。次戦NHK杯も楽しみ。真央さんは今回の結果としては不本意かもしれないけれど、故障の影響もあるだろうし、大きな目標は平昌五輪だと思うので、そこに向けて大きなスパンで整えていければいいんじゃないかと思うのだが。優香ちゃんも柔らかな表現力はよく生きていたと思う。

 しかし今年からフランスでの試合は「エリックボンパール杯」ではなくなったのだな。それと関連しているかと思うが、去年まではフェンスの広告が青で統一されていてすっきりしていたのに、今年はそうではなくなって残念。

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 NHK杯に日野龍樹くんがINとか。これでNHK杯に羽生くん田中くん日野くんと同学年三羽がらすがそろうことになった。なんだか嬉しい。


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11.11
Fri
 「Notte Stellata」がすばらしい、という声は多いような気がする。実のところ私も対私比でリピートが多い。羽生くんの演技というのはすべて私にとって特別なものだが、その中でもさらに特別に好きなプログラムと云えるかも。というわけで、こないだの「「Hope & Legacy」と「Notte Stellata」をめぐるファンタジー」という記事でも少しすでに触れたけれど、あらためて感想など書いておきたい。このプログラムは多分観る人によっていろいろと解釈が可能だし、羽生くんも最近「自分として表現したいことはあるけれども観てくれる人が何を感じるかは自由」みたいな発言をしているので、私はこういうことを感じたり考えたりしたよ、という話をさせてもらっちゃおう。
 ツイズル、レイバックイナバウアー、ビールマンを含めた美麗なスピン、ハイドロブレーディング、ディレイドアクセル、トリプルアクセル、といった、羽生くんの美しさが際立つ技が、音楽とのシンクロ感もすばらしく盛り込まれている。欲を云えば、シットツイズル愛好会会員としては、もっとがっつりシットツイズルがあればもっとよかったのにと思ったりもしたが、まあそれは贅沢というものか。いずれにせよ、これだけ特徴的な技を、いかにもというタイミングであれだけ盛り込んでいると、下手すればかえってクサくなったりするのだが、このプログラムに関してはそういうクサみを感じない。それはおそらく、羽生くんのあらわしたいものと音楽と振付とが高度に融合し、また、羽生くんの「あらわしたいことはあるけれども観る人が何を受け取るかは自由」という意識が、羽生くんの表現を濾過しているためだろうと思う。また、野村萬斎さんとの対談であった「引くところは引いた方が見せたいところが際立つ」といった極意もさらに体得したということではないだろうか。
 こないだの記事でも書いたように、最初に浮かんできた言葉は「慈愛」だった。限りない慈しみに満ちた感じ。此の世のあらゆる存在への愛、此の世のあらゆる愛への肯定。もちろん此の世は美しいことばかりではない。けれども美しいものは確かにあり、そういったものたち、あるいはそういったものたちを求める心を包み込む慈愛。美しいものとはたとえば、歌詞に歌われている星降る夜であり、そこで愛を語る二人であるわけである。ただ、羽生くんの演じているものは、此の世の美しさとそれへの肯定の象徴としての「白鳥」という要素が一番強いような気が私にはする。あるときは湖面を優雅にすべり、あるときは翼を広げて天翔る白鳥。「White Legend」では傷ついた状態から飛び立つまでだった白鳥が、成熟し包容力をつけてまたあらわれたというような。歌詞に星降る夜が歌われていることもあいまって、白鳥がその羽毛にきらめく星々を宿しているかのような印象も。
 羽生くん自身の思いとつながりの深い、希望やなぐさめやはげましといったものを込めたエキシビションプログラムの系譜として「White Legend」「花になれ」「花は咲く」「The Finnal Time Traveller」「天と地のレクイエム」といったあたりを考えることができるが、今回の「Notte Stellata」はその一つの到達点と云えるのではないだろうか。
 話は飛ぶようだが、私はナルニア国物語のシリーズが大好きである。子どもの頃、最初の一冊は親戚に買ってもらったのだが、あとの六冊はお小遣いで少しずつ買いそろえた。どのくらい好きかというと、自分の頭の中にあるイメージが阻害されるのがいやで、映画になったものは一切観ていない、そのくらいどっぷりと原作にはまったのである。で、もちろん全体として好きなのだが、特に好きなのが三巻の最後と七巻の最後である。それぞれ、世界の果ての情景と、世界が亡びた後にあらわれる真の世界の情景を美しく描いている。それがなんとも「えもいわれぬ」としかいいようのない陶酔的な感覚を子どもの頃の私にもたらしたのだった。そして、そのときの陶酔感が羽生くんの「Notte Stellata」を観て感じた陶酔感ととても似ていると感じたのだった。「美」を純度高く描いたものにだけ感じられる陶酔感とでもいうようなものか。そういったものは、此の世離れした、という表現をすることもできるがそれは正確でないような気がする。此の世にある美、そのエッセンスを抽出して高度に象徴化したものだと思う。羽生くんには此の世離れした雰囲気はあるけれども、あくまでも地上の人間で、その地上の人間が憧れる美を演じているからこそ美しい。

 とかなんとかくだくだ云わないで、ただ「美しい……」と絶句しておくだけでも十分という話もあるのだが。そのへんこうやって語りたくなってしまう自分がちょっと鬱陶しい。美が美であること、それをそのときそのままに価値判断なしでただひたすら受けとめればいいのだ。そういったことに関して「羽生結弦選手に勝手に「至高性」を見てしまう」という記事を以前書いたが、また改めて思う。羽生くんの演技の美は、そこに意味づけや価値づけなどしなくても、ただただそのままに美なのである。
 そして、羽生くんタラソワさんウィルソンさん衣装を作った方、作曲したサラサーテさん歌ったイルヴォーロさんそのほか、このプログラムに関わった方すべてに感謝なのである。

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 「週末仙台」で羽生くんの次に私のハートを射貫いた存在である「せり鍋」いつか仙台に行って食べられたらいいなとは思っていたが、そんなことを云っていたらいつになるかわからないので、某通販でせり鍋セットを取り寄せて昨日食べた。鶏肉とせりとスープがセットになっている。おいしい。せりだけ追加分一セット多く頼んだのだがそれで正解だった。根っこまでおいしくたっぷりいただいた。こちらではセットに入っていたような大きくて立派なせりをあまり見かけない気がするので嬉しい。


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11.07
Mon
 地上波を録画したものをざっと観ての感想。
 フェルナンデスくんはさすがの貫禄というか。ショートは4Sがうまく入らなかったけれど、フリーはほぼノーミスでプロトコルも綺麗だし、やわらかな表現力も健在。宇野くんショートと総合で自己ベスト出して2位、グランプリファイナル一番乗りおめでとう。ベテランのビシェンコさん、なかなか小気味よいキレのある演技でよかったなと思う。コリヤダくんもショートしか観てないけれど結構よかったと思う。田中くんは華と色気のある大きな演技ができるのだから、あとは4Sの精度があがってくればなあ。
 ポゴリラヤちゃん、スピードとキレとダイナミックさのある演技でよかった。ラジオノワちゃん大人っぽくなったなあ。雰囲気のある演技で素敵。リプニツカヤちゃんもぐっと大人っぽくなって、演技もさすがの味わいがあるけれど、フリーが怪我で残念だった。また回復していい演技を見せてくれるのを待ちたい。ヒックスちゃん、去年のNHK杯のときもそうだったけれど今回も意外と手堅い。松田悠良ちゃんデビュー戦をまずまずの出来でまとめられてよかった。3Lo-3Loとか2A-3T-3Loとか面白い大技を持ってるんだなあ。佳菜子ちゃんは全日本までにジャンプを修正してくれることを期待。

 それにしても宇野くんが、ショートでは4回転二本がクリーンに行かなくても100点近く出してるので、これらが決まってくるとひょっとするとひょっとする。フリーでも、コンボを全部後半に入れてきてるし3Aからのコンボを二本持ってるし、特に3A-1Lo-3Fってなかなか強烈だし、これらが全部決まってくるとひょっとするとひょっとする。羽生くんもうかうかしてられないぞと。いや、うかうかしてるとはこれっぽっちも思ってないけれど(羽化して白鳥になったという説はあるけれど)。これからの男子シングル、ますます楽しみ。


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11.05
Sat
 以前私は「羽生結弦くんの少年性」という記事を書いた。そこで白洲正子氏の『両性具有の美』に出てくるような少年ならではの両性具有的な魅力を持っているのが羽生くんであるという話をした。で、少年期というのはあっという間に過ぎてしまうはかないものであるはずだが、そのはかなさあやうさを奇跡的に保ち続けているのが羽生くんである。とはいえ、もちろん羽生くんも日々成長しているので、やはり十代の頃と比べると最近は男っぽさが増していると感じる。しかしだからといってその分女性性が薄らいでいるか?というとどうもそうは思えなくて、むしろ両性具有性の彫り深さがますます増しているような気がするのだが。たとえばこないだのエキシ「Notte Stellata」では清らかであるにもかかわらず不思議なメロウさすら感じさせる女性性にあふれていたと思うのは私だけか。衣装の上半身だって女子の衣装として完全に通用するし、それが似合ってしまうことだけでもちょっと普通はあり得ない。
 そもそも羽生くんの両性具有性はどこから来るのか?しばらく前にライターの野口美恵さんは羽生くんについて「100%男です」みたいなことを云っていたかと思うし、ニース世界選手権の後には高橋くんが羽生くんについて「一番男気がある」みたいなことを云っていたかと思う。少なくとも、こと競技としてのフィギュアスケートに関して云えば相当な負けず嫌いで女々しいところなどかけらもないというのは確かであろう。そういう意味では、たしかに競技に関わるアスリート的な側面は100%男であるのかもしれない。しかしやっぱりそれは「意外にも」という文脈で一般には語られがちである。それはやはり羽生くんの容姿によるところが大きいのであろう。整った小顔といい、肌の美しさといい、みごとな曲線美と柔軟性をそなえた細身の体型といい、やはり少なくとも男性の中では「女性的」と云わざるを得ないような特徴をたっぷりと持っている。しかし羽生くんの肉体のあらゆる美しさは確かに女性的な要素を強くもっているのだが、だからといって女性そのものというわけではない。その境界を揺れ動くような微妙な線上にあるというところが、羽生くんの美を奇跡的なものにしていると思う。
 ただ羽生くんの女性性は肉体的な面だけか?というと私にはどうもそうは思えないのだ。「アスリートとしての性格」が男性100%であるにしても「感性」の部分ではかなり豊かに女性性を兼ね備えているのではないか。そうでないとたとえば「Hope & Legacy」や「Notte Stellata」に見られるようなしなやかさ、やわらかさといったものを表現するのは、いくら身体に柔軟性があっても難しいのではないかと思うのだ。加えて云えば、羽生くんの女性性はたとえば歌舞伎の女形のそれとも、オネエキャラのそれとも異なる。それらの女性性は多少なりともデフォルメされた面があると思うのだが、羽生くんの場合は女性性のエッセンスのみが純度高くその心身に備わっているという感じ。ちなみに、ジェンダーの問題はいろいろ難しいけれど、男性性100%の人も女性性100%の人もいるもんじゃなくて、人によってその割合やあらわれ方が違うのだというふうに私は考えている。どちらかが強く出る人もいれば、両方が強く出る人も、どちらもあまり出ない人もいるといった具合に。羽生くんは両方が強く出るタイプではないかと。
 最近の羽生くんがさらに両性具有性の彫り深さを増してきた、と感じるのは、男性性が成長すると同時にそれとつりあいをとるように女性性の方もさらに豊かになってきたということかもしれない。
 さてこれからこの両性具有性はどうなるのだろうか。たとえば羽生くんががっつりと女性と恋愛ないし結婚などして、現実の中で自らの男性としての立場がいやおうなく明確になるにつれて女性性が薄らいでゆくのかもしれず、そうでないかもしれず。全く予想がつかない。ただ私としては、この奇跡の両性具有の美をできるだけ長く保ってほしいと勝手ながら願っているのだった。


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11.03
Thu
 以前私は、昨季の羽生くんのフリーがSEIMEIだったことに絡めて「羽生結弦くん「陰陽師」妄想」という記事を書き、実は羽生くんが本当に陰陽師でフィギュアスケートの技と陰陽師としての能力を融合させていて、新しい技を成功させたり試合に勝ったりすればするほど世界が浄化されるんじゃないか、みたいな設定を勝手に展開した。しかし今季のフリー「Hope & Legacy」を観れば観るほど「羽生くん、ひょっとして本気で世界を浄化しにかかってるんじゃないか?」みたいな感覚を抱いてしまうわけである。自然のもの、風とか木とか水とかを表現したいということだったが、そういう演技をすることで、世界を浄めようとしているんじゃないか、と。で、SEIMEIの時は、はっきりと安倍晴明というキャラがあって「天と地を司っとるのや」という萬斎さんの言葉もあったりして、森羅万象の力を自ら従える、そして敵対するものと戦う、というようなわりと男性的なアプローチだった感がある。その点、今回はキャラがないし、自然を司るというよりは、風や木や水などの力を身に帯びて舞うことで、祈り、浄めになる、そんなイメージだと私は感じた。穢れたものと戦うのではなく、ただひたすら浄めてゆく。陰陽師というよりは、風や木や水などの精霊と交信できるある種の巫女さんみたいなイメージ。もしかしたら、処女にしかなつかないと云われる一角獣も、羽生くんにならなつくんじゃないか、とさえ思えてしまうような。いずれにせよ、女性的なアプローチだと思う。Ice Jewelsでも「シェイリーンの女性的な表現を学びたい」みたいな発言があったし、手の動かし方のしなやかさなど特徴的だし。
 そしてエキシビションが「Notte Stellata(星降る夜)」(原曲サン・サーンスの白鳥)と知ったとき、正直最初は「まぁたしっとり系かよおおおお」と心の中でツッコんだ。だが、実際観てすぐ、その美しさに「申し訳ありませんでした!」とひれ伏した。この曲を選んで贈ってくれたタラソワ氏、振り付けしてくれたウィルソン氏、そしてもちろん演じてくれた羽生くんに感謝感激雨あられである。
 その美しい演技を観ていて、心に浮かんできた言葉がなぜか「慈愛」だった。聖母マリアか。いや、羽生くんならしれっと無垢受胎くらいしそうだ(しません)。まあ何にせよ、かぎりない慈しみのようなものがあふれているのを感じたわけである。本人も優しく包み込むような感じを表現したいと云っているようなのであながち間違った感じ方でもないだろう。この歌の歌詞は甘美な恋愛をうたっているようだが、羽生くんの演技はそういう個人的な愛にとどまらず、生きとし生けるものすべて、いや、生物も非生物も含めて此の世のあらゆる存在への愛を包含している気がした。歌詞に歌われているような恋愛も含めて、此の世のすべての愛を肯定しているのだ。
 大まかに云うと「Hope & Legacy」が昼「Notte Stellata」が夜で、風や木や水で浄化された世界を、星の光の慈愛が包み込む、そんなストーリーが描けてしまう。こんなお花畑なファンタジーを描かせてしまう21歳男子おそるべし。
 考えてみれば「天と地のレクイエム」とか「The Final Time Traveller」とかも「世界を救う使命を帯びた者」感漂うプログラムである。「花は咲く」とか「花になれ」がその前駆形態か。もっとも初期の形態が震災後初めて人前で演技した「White Legend」かもしれない。

 今季は、上に述べたようにフリーとエキシが女性的なアプローチなので、ショートが羽生くんの男性性を一手に引き受けている感もある。で「Let’s go crazy」の歌詞もなかなか意味深で、哲学的にも宗教的にも読み取れたりするらしい。ものすごく大まかに云えば「下へとひきずり下ろそうとする力に抗って上(救い)をめざせ!そのために覚醒しろ!」というようなメッセージにとれなくもない。とすると、このプログラムも世界浄化の一環ととれなくもない。

 まあ羽生くんが世界を救うかどうかはともかく、私は日々日常生活や社会や世界のあれこれで「……」なことが多い心をいつも羽生くんに浄化してもらっている。ありがたいありがたい。いや、本当に、羽生くんのファンになってこんなふうに演技を堪能できて幸せだなあと思う。何のご褒美にこんな幸せをもらっているんだろう。現世でそんなにいいことをした記憶はないので、ひょっとしたら前世で何か徳を積んでいたのか私。


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