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02.19
Tue
 諸般の事情で録画ディスクが手元に来るのが遅かったり、来たもののここのところ比較的忙し気味で落ち着いて観る時間がとれなかったりでようやく今ごろ。
 ディック・バトン氏、プルシェンコ様、フェルナンデスくん、三者三様に「羽生結弦は最高のスケーターだ」ってことを表現してくれている、嬉しい番組だった。羽生くんのこれまでの歴史もざっくりと振り返ることも出来たし。
 それにしても羽生くんは人をめぐる運にすごく恵まれているなあとあらためて思ったのだった。羽生くんが憧れたのがプルシェンコ様で本当によかった。羽生くんが四回転ジャンプを見習いたいと思ったのがフェルナンデスくんで本当によかった。
 多分プルシェンコ様に憧れた当初の羽生くんはまだ子どもで、プルシェンコ様のあの少年漫画的アスリート気質まで少なくとも直接的には理解してなかったんじゃないかと思うけれど、そういう気質を持ったプルシェンコ様に憧れたことで、羽生くん自身も高みを目指す姿勢がより強くなったということはあるのではないだろうか。番組にも『蒼い炎』が出てきてたけれど、私が羽生くんのファンになってまもなくこの『蒼い炎』を読んだときに非常に強いインパクトを受けたのがプルシェンコ様との関係性だったから。羽生くんに対して「俺に勝て、俺を超えろ」というプルシェンコ様、なんてカッコいいんだ、と。
 そうかプルシェンコ様は本当に少年漫画にありがちなように「自分と戦うに足る強い相手」を求めてやまない人だったんだなあ、と今回の番組でよくわかった。それで羽生くんがまだ世界でそれほど有名でない頃から「俺に勝て、俺を超えろ」だったんだし、そして羽生くんがそれに応えられる器だというのを見抜いていたのか……。ソチ五輪のときに羽生くんを倒すことばかり考えていたというのは羽生くんにとってもゾクゾクするほど嬉しい話に違いない。
 もちろんプルシェンコ様は自分のことだけでなく、そういう強い選手が出ることでフィギュアスケートのレベルが保たれる、より高いところに行く、ということも重視しているようだ。それに応えられる選手が羽生くんということで、なんだかとても嬉しくなってしまった。そして今、プルシェンコ様は羽生くんを超える選手を育てようとしているという。こうやってフィギュアスケートの歴史は受け継がれ、高められてゆくんだなと思う。そしてプルシェンコ様自身もそうであるように、羽生くんもその歴史にしっかりと名を刻んだのだな、と。
 フェルナンデスくんにしても、羽生くんは4Sをお手本にしよう、というのがクリケットクラブに入った大きな動機だったのは確かで、その時点でフェルナンデスくんがどんなタイプの人間か、自分との相性はどうなのか、というようなことをどこまで考えていただろうか。でも結果的にはフェルナンデスくんがとってもナイスガイでよかった。フェルナンデスくんは陽気でおおらか、だけれども、羽生くんに対する世間の反応などまで気遣ってくれる細やかな優しさも持った人だった。そんなフェルナンデスくんとお互いにお互いを認め合い刺激し合い、技術的にも、そして精神的にも高いレベルで切磋琢磨し合えるどうしになれて本当によかった。「背中を見せ合う」というのは二人の間の距離感が絶妙であり、またそれをうまく保てる関係性だったということだと思う。べたべたしすぎても、離れすぎても「背中を見せ合う」ことは出来ない。プライヴェートな時間ではつきあうことはないらしい二人、かえってそういう距離感が、競技者どうしとしてのより純粋なお互いのリスペクト、本当の意味での友情を育んだと云えるかもしれない。
 この二人と違って、バトン氏は、羽生くんとは直接的な関わりはない人だ。だけれども、だからこそ、バトン氏が羽生くんを評価してくれる言葉はとても嬉しく響いた。競技者であるだけでなく、観客を魅了することが出来る羽生くん、勝っても、自分の納得のいかない演技だったら悔しがる羽生くん、そういうところを、自らもかつては一世を風靡した競技者であり自分なりの価値基準を持ったバトン氏が評価しているというのは羽生くんにとってもとても嬉しいことなのではないだろうか。私個人としても、ファン心理として、実のところ「勝てる競技者羽生くん」というよりは「完璧な演技を求め劇場を創り出す羽生くん」の方にどちらかというとより重点があるので、そういうところをバトン氏が評価してくれるのが本当に嬉しい。さらに云えば、私はとにかく羽生くんが好きだから、ファン心理としてどうしたって羽生くんが「別格」に見えてしまうのだが、普段は毒舌らしいバトン氏も羽生くんが「別格」と云ってくれているのが、なんだかお墨付きをもらえたような気分でもある。
 三者三様、それぞれ羽生くんへのメッセージはその言葉こそ違っていたけれど、共通している意味は「君こそが最高のスケーターだから、その道を究めろ」ってことだと思う。羽生くんもきっとこの番組を観たことだろう。そして自分のスケートへの思いを新たにしたことだろう。そんな羽生くんが次にどんな演技を見せるか、楽しみに待ちたい。



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02.13
Wed
 先月「『モオツァルト』に羽生結弦選手の姿を見る」という記事を書いたが、もう一箇所、羽生くんを連想した箇所を引用(『モオツァルト・無常という事』新潮文庫より)。
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環境と戦い環境に打勝つという言葉も殆ど理解されてはいない。(中略)言葉を代えて言えば、強い精神にとっては、悪い環境も、やはり在るが儘の環境であって、そこに何一つ欠けている処も、不足しているものもありはしない。不足な相手と戦えるわけがない。好もしい敵と戦って勝たぬ理由はない。命の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。
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 ここのところで私は、かつて羽生くんが自分の喘息について「苦しいけれど、自分にとってはそれが普通のこと」といった趣旨のことを発言したのを思い出したのだった。喘息は環境というのとはちょっと違うけれど、羽生くんという人間がたまたま喘息だったというある種の「外的偶然」ではある。
 環境という意味では、たとえば子どもの頃に所属リンクの閉鎖があったり、震災で練習場を失ったりということも羽生くんは経験している。クリケットクラブという場所も、練習場所や人的環境としては優れているかもしれないが、言葉の壁などを考えると、少なくとも移籍した当初の羽生くんにとって楽な環境ではなかったはずだ。だが、羽生くんはそれらの経験を受け止め、自分のものとすることでそれらの環境に打ち勝ち、素晴らしい結果を出すようになったわけだ。
 以前の記事で引用した箇所にも、今回の箇所にも「強い精神」という言葉が出てくるのが気になった。小林秀雄氏はどのような意味合いでこの「強い精神」という言葉を用いたのだろうか。それは単なる頑健さとかしぶとさとかしたたかさとかではない気がする。おそらくは、何かを希求するエネルギーの強さみたいなものがこの「強い精神」という言葉に宿っている気がする。希求する何かとは、モーツァルトの場合は音楽であり、羽生くんの場合はスケートである。強い精神は自分が与えられたあるがままの条件を受けとめ、それを外的に押しつけられたものではなく内的必然とさえ捉えるほどの力を持ち、そのことによってさらに自分の希求する力を高めさえする、そういうことなのだろう。そういった強い精神だけが持つ何かが羽生くんの身のまわりにはにじみ出ていて、それは感じられる人には感じられる、たとえば最近、体操の内村選手が平昌五輪時の羽生くんについて「何かをまとっていた」と言及したのはそういったことなのだろうなどと思ってみたりする。おそらく内村選手も羽生くん同様研ぎ澄まされた「強い精神」の持ち主であろうから、そういったことに感応できたのではないかと。
 こうして二回ほど『モオツァルト』からの引用をしたが、引用した箇所にのみ羽生くんを感じたというわけではない。うまく引用したり記事に書いたりは出来ないのだが、どことなく全体的に羽生くんと通じるものがあるという感じであった。以前の記事にも述べたように多分モーツァルトと羽生くんとでは人間のタイプは大きく違うのだが、自分の求めるところを実現してゆくある種のシンプルな純粋さみたいなものが共通している感じがする。

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 ただ、ちょっと思うのだが、誰かが何かでうまくいかなかったり悪いことをしてしまったりするとそれについて「社会や環境のせいにするな」というような言説が出たりすることがあるのが気になることがある。環境などのせいにせずに自分のこととしてすべてを引き受けられたらカッコいいと思うしそうできるに越したことはないと思う。が一方で、それほど「強い精神」を持ち合わせてはいない、私を含む多くの人々にとっては「与えられた条件や環境に打ち勝つ」というのは現実問題としてそうそう容易いことではないというのも実感である。何かあったときに本人が社会や環境のせいにしてふんぞり返るのは確かにあまり見栄えのいいものではないが、誰かに対して「社会や環境のせいにするな」という言葉を投げかけるのは、場合によってはとても酷なことがあるので、私としては云いたくないなと思っている。
 というようなことも踏まえた上で、いろいろな環境だの条件だの云い訳することもなく乗り越えて、自分の目標を達成し続けている羽生くんはそれはそれでやっぱり凄まじくカッコいいな、と思うわけである。



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02.11
Mon
 地上波分観戦のみで。男女とも日本勢で初優勝おめでとう。
 宇野くんも梨花ちゃんも、それぞれに怪我の影響があってショートプログラムでは精彩を欠いたものの、フリーでは実力を発揮してみごとな逆転劇だった。宇野くんフリープログラム今季最高点もおめでとう。それにしても宇野くんも右足の捻挫を結構繰り返したようで、癖になりやすいところだから今後に向けてしっかり養生して欲しい。
 田中くんもフリーで4Sが二本決まってよかった。後半ちょっと惜しいところがあったけれど、世界選手権に向けてはずみをつけてくれたらなあと思う。友野くんは今回実力を発揮しきれなかった感があるけれど、今後に期待。ジンくんが復調してきたようで何より。演技力もぐんと上がってきて見応えがあった。ゾウくんもフリーのジャンプの精度が今ひとつだったけれどこのへんが整ってくれば怖い存在。ブラウンくんの柔らかい演技はやっぱりすごく好きだなあ。ポニーテールがないことにまだ違和感があるけれど。チャくんショートは良かったけれどフリーが刺されまくりで残念。でもまた頑張って欲しい。
 女子は舞依ちゃんのフリーがすごく良かった。私好きなんだなあこの「ガブリエルのオーボエ」。最後の方のステップのあたりとか涙が出そうになる。これが世界選手権で観られないのはもったいないと思ってしまう。とはいえ日本女子は本当に実力が伯仲しているからなあ。今回フリーでジャンプミスがあった花織ちゃんも世界選手権ではきっと挽回してくるだろう。トゥルシンバエワちゃんも成功はしなかったけれど4S入れてきたのは凄い。

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 こないだ全米選手権でチェンくんが圧倒的な演技をしているし、今回宇野くんがフリーの最高点を更新したしで、トロント方面から何やらめらめらという音が聞こえる気がする。


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02.05
Tue
 Ice Jewelsはいつもインタヴューが充実していて読み応えがある。今回もいろいろと興味深かったが、特に羽生くんと振付師さんとの関係性が見えてくるところが私にとって印象的だった。この号にはシェイ=リーン・ボーン氏のインタヴューも掲載されているから、それとの組み合わせでも浮かびあがってくるものがあったというか。
 ボーン氏は羽生くんがオープンで、やる気があって、身体も柔らかくいろいろなことをこなせるし、人生経験を積んできて感情表現も豊かになってきているから、一緒に仕事するのがエキサイティングと感じてくれている。羽生くんはボーン氏がアイスダンス出身だからシングルスケーターにはない発想の振付があるということを認識し、それがあることによって、自分の求めているスケートの理想型に近づけると感じている。特に印象的だったのは、羽生くんがボーン氏の振付について「スケートの神髄が感じられます」という表現をしたこと。アイスダンス出身のボーン氏は、シングルスケーターと比べてよりスケーティングやつなぎの面で何か洗練された深いものがあるのだろう、そこに見たものを「神髄」という言葉を持ってきたのがすごいなと思った。もちろんジャンプやスピンなどの要素もとても大事にしている羽生くんだが、スケートの基本である「滑る」ということに対していわばスペシャリストであるボーン氏の持っているものを「神髄」と感じ、それを取り入れることで自分のスケートの理想型に近づくというのは、シングル競技だけでなく、フィギュアスケート全体のイデアとしてのトータルパッケージ、パーフェクトパッケージを目指しているということなんだろう。そういうものを与えてくれるボーン氏とタッグを組むことができて本当に良かったな、と思う。
 この号では特にボーン氏との関わりが印象深かったが、もちろんショートプログラムを振り付けたバトル氏との関係もそれはそれで濃密だ。「秋によせて」については、振付時間の3分の1くらいを使ってイメージのすり合わせをするべく話し込んだという。そういうコミュニケーションがとれるどうしというのもすごくいいなと思う。ついでに云うと、以前の記事で、秋という季節はところによって全然雰囲気が違うけれど、という話をとりあげていた私としては、羽生くんが日本人の四季感とカナダにいるバトル氏の四季感が違うということについて触れてくれているのがちょっと嬉しい。

 バトル氏にしてもボーン氏にしても、もちろんエキシビションを振り付けたウィルソン氏にしてもそうだし、歴代羽生くんを振り付けした人の皆がそうだと思うが、当然、羽生くんの実力をよりいい形で引き出し、よりみごとに見せるように一生懸命力を尽くしているのだろう。が、逆のベクトルにも力が働いているよなあ、と今回あらためて思った。つまり、羽生くんというスケーターが優れた素材であることで、関わる振付師さんの持つ潜在能力を最大限まで引き出す力があるということだと思う。ボーン氏のインタヴューからも垣間見られるように、羽生くんというスケーターは振付師さんの持ついろいろな可能性をインスパイアする力があると思うのだ。だからそこには素晴らしい振付が生まれる。お互いがお互いの力を可能な限り引き出すことによってこれまでの数々の傑作プログラムが生まれてきたし、またこれからも生まれてゆくのだろう。


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02.01
Fri
 マイレピの羽生くんインタヴュー「【今だけ一般公開中】第30回:「逆境」を力に変える」がなんだかいろいろな意味で凄い。
 逆境の後には幸せが来ると信じているということだけれど、そして実際、逆境の後に幸せをつかむということをしてきた羽生くんだけれど、結局それは、幸せにつながるだけの努力なりなんなりを重ねてきたということなんだよなあと思う。逆境でつぶれてしまって努力とかを放棄してしまうとまあ普通は幸せにはつながらないだろう。逆境でもつぶれずに幸せが来ると信じて努力を続ける力があったからこそ「逆境の次には幸せが来る」という結果につながり、そしてそういう経験をすることで、逆境が来ても次にはきっと、と信じられる力がさらに強くなり、だからまた努力を積むことも出来る、そしてそれがまた幸せにつながる、そういうある種の好循環が働いている気がする。
 過去の自分が今の自分と共存していて、自分に発破をかけてくれるというのも凄いなあと思った。それは過去の自分が頑張ったからこそ起こる現象だと思う。スケートに一心に打ち込んできた過去があるからこそ、その時々の自分に応えたいと思い、今の自分がさらに頑張ることが出来る……。
 結局、羽生くんが頑張る人だったからこそ「逆境の次には幸運」だし「過去の自分が発破をかけてくれる」んだよなあ。そして羽生くんがなぜ頑張る人かというと、それはスケートが好きで好きでしょうがないからだよなあ。
 なんだか、自分と比較して、羽生くんって本当に凄いなあ、という感覚がまた一層強まったし、自分ってなんてダメなんだ、と打ちのめされる思いもまた一層強まったのだった。
 うーん。なんていうか、努力とか頑張るとか、苦手だからなあ、私。で、以前も書いたようにそれに向かって努力したいと思えるような夢とかもなかったし。だから過去の私はどの時点でもだいたい迷走してるかダメになってつぶれてるかで、今の自分に発破などかけてはくれない。むしろ今の自分が過去の自分を分析して理解しようとしてあげて、時にはなぐさめたりしてあげなきゃならない感じ。
 羽生くんはいいよねずっと夢があって。と、ちょっとひがんだ口調で云ってみたくなるくらいである。しかし、羽生くんはたまたまスケートというとても打ち込めるものに子どもの頃に出会えた、私にはそういう出会いがなかった、と単に運不運の問題で片付けられない何かがそこにはある気がする。なんだろう、頑張れる素地を持っていたからこそ、頑張りたいものにめぐりあえるというようなことってある気がする。でも、じゃあなぜ羽生くんは頑張れる素地があって、私にはないのか……などとつきつめてゆくとどこどこまでも答えの出ない問いの中に落ち込んでゆく感じだ……。
 いや、まあ人間全体から見ればむしろ羽生くんが特殊なのであって、と割り切ることも可能は可能である。でも、せっかく羽生くんが「自分のためだけに使わない」と決めた幸せのおすそわけにファンとしてあずかっている身だもの、羽生くんの持っている素晴らしい姿勢、努力の力を少しでも見習いたいなあ、と思ってしまうわけである。
 今からでも少しは、未来の自分を励ませるような自分になれたらなあ、と思う。だからって具体的にどうしたもんだか見当がつかないのだけれど。

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 アナザーストーリーズはネット上でファンの方々の感想など若干読んでだいたいの内容は把握したが、自分でちゃんと映像を観てから記事を書こうと思っている。おそらく少し先になりそう。



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