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08.17
Fri
 数字に弱い私だが、この三つの数字はちゃんと記憶している。羽生くんが持つ、ショートプログラム、フリープログラム、総合の三つの世界最高点。2018/19シーズンから採点法が大幅に変わるのに伴い、統計はリセットされ新たに始まることになった。だから、この三つの数字は「フィギュアスケートのある一時代の最高点」としてずっと残ることになったのだ。
 採点法が大きく変わるし、特に男子はフリーの演技時間も短くなるしジャンプが一つ減るしで、これまでの記録とは比較しづらくなるよなあ、とは漠然と思っていたのだが、やはりリセットされるのだな。
 そもそも採点法を変えざるを得なくなったのは、これまでの採点法での想定を、羽生くんがほぼほぼ飽和させてしまったというのが大きな一つの要因になっているだろう。特にGOEの幅に関しては、-3から+3という7段階程度の分け方では、羽生くんのジャンプを評価しきれない、ということが反映されているのだろうと思う。確かいつだったかのWORLD FIGURE SKATING誌で、ジャッジの方が「羽生くんのジャンプに関しては+5とかあってもいいんじゃないか」みたいな話をしていた記憶があるし。
 つまりは、羽生くんはある一時代のフィギュアスケートを頂点まで押し上げ、そのことによってその時代を終わらせ、新たな時代を始めさせてしまったとも云えるわけである。時代を作る男、羽生結弦。
 2012年のスケートアメリカでショートプログラムの世界最高点を出してから、羽生くんはショート、フリー、総合合わせて12個もの世界最高点を叩き出してきた。その過程を見てこられて嬉しい。
 そして新たな時代に羽生くんは果たしてどんな数字を刻んでゆくのか、楽しみだ。

 もちろん、羽生くんのスケートは数字だけで評価されるものではない。ただ、これらの数字から、羽生くんのその時々の演技の記憶が香り立つような感覚をおぼえるのは、私だけではないだろう。

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 ところで今年は羽生くんのメディアデーはあるのかないのか、あるとしていつなのか。今季のプログラム情報はいつ出るのか。「首を長くして待つ」という慣用表現があるわけだが、こうやって待っている間に、首が羽生くん並みに長くなりそうな気分ではある。なったら嬉しいが残念ながらならない。

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 羽生結弦展の入場者が50万人を超えたとか。今回の好評っぷりによって、いつかまた新たな羽生結弦展が企画される時には、きっと私が行きやすい場所でも開催されるのではないか、と勝手に思ってみている。関係者の皆様、よろしくお願いいたします。


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08.11
Sat
 ツイッターをやってないのだが、ツイッターで「#羽生結弦の絵描くの下手くそ選手権」をやっているのを知ってのぞいてみて楽しんでいる。
 そういや私も以前「羽生結弦くんの顔についての私的考察」なんていう記事を書いていた。そしてこんなことを書いている。
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羽生くんはよく「かんたんな顔」とも云われている。羽生くんの顔を具象的に似せて描こうと思うと結構難しいのではないかと思うが、落書き程度に、眉、目、鼻、口をそれぞれ単純な線で描くならば、おそらくたいていの人がそれなりにそれらしく見えるものを描けると思うのだ。
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 そしてこんな絵を載せている。これはマウスで適当に描いたもの。
kantannakao.jpg
 で、私は羽生くんの絵を具象的に描こうとしたら難しいだろうと予想はしつつ、描いたことはなかった。しかし「#羽生結弦の絵描くの下手くそ選手権」の絵たちを見ていて、試しに具象的に描こうとしたらどうなるかやってみようと思った。そしてお気に入りのとある写真を見ながら、一応ちょっと真剣に、紙にシャープペンシルで描いてみた。
 ……撃沈した。
 やっぱり難しい。「かんたんな顔」というのはあくまで見た目の印象としてシンプルということであって、描くのが簡単というわけではないのだ。
 どこが難しいかというと、私が感じたのは、顔のそれぞれのパーツを構成する線の微妙さ。写真などを見て前から感じていたことではあるけれど、羽生くんの顔を構成するパーツって、ぱっと見の印象はシンプルながら、実はとてもとても繊細微妙な線で構成されていると思う。それを「描こう」と思ったらそれなりの絵の腕前が必要だなあ、ということが今回描いてみてはっきりわかった。特に目と唇が難しいと私は感じた。
 というわけで以前から、羽生くんの絵を上手に描く方というのは尊敬していたのだが、ますますその尊敬の念が深まった次第。その一方で「#下手くそ選手権」にも愛と親近感を感じる次第。

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 残暑お見舞い申し上げます。
 暑いので、羽生くんと高原の避暑地なんか散歩できたらいいなあ、と妄想してみている。明るい林や、湖があるようなところ。云ってみればリアルHope & Legacyの世界。

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 村元哉中&クリス・リード組解散にはかなりびっくりした。これまですごくいい線いっていると思っていたのに。さびしい。
 それぞれがまたいいパートナーに巡り会えますようにと祈っている。



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08.07
Tue
 私は堺雅人さんのファンである。ゆえに、2015年年末に紅白歌合戦で羽生くんと堺さんが審査員席で隣どうしになっていたのが大変嬉しかった。その直後にこのブログを始めたわけだが、その頃堺さんがらみの記事も二本書いている(「堺雅人さんと羽生結弦くん」「憑依型と自力型」)。そういうふうに、自分の好きな対象どうしが何かでリンクするというのは嬉しいものである。
 そして今日、映画『プーと大人になった僕』の吹き替え版で、大人になったクリストファー・ロビンの声を堺さんが演じると知った。プーさんと云えば羽生くんの戦友だ。なんだかまた間接的に堺さんと羽生くんがリンクしたようで勝手に嬉しくなっている。
 しかし、私はこの映画(吹き替え版)を観に行くだろうか。子どもの頃はわりと喜んで観ていたディズニー映画だが、ある程度の年齢を超えてからはなんだか敬遠気味になっているし、洋画は吹き替えより字幕派なのだ。それと、以前「くまのプーさんと羽生結弦くん」という記事にも書いたが私は正直プーさんに関してはディズニー版より原作の方がひいきなのである。それに「大人になった僕」というのは原作にはないわけだから、どういう風にストーリーが作られているか、原作の世界観が損なわれていないか、そういうことが気になる。ううむ。「堺さんの声が聞きたい」「堺さんと羽生くんがリンクしたようで嬉しい」という気持ちが、私のあれこれのこだわりや心配を乗り越えるかどうか。羽生くんは観るだろうか。まあ多分、練習だの何だので、映画館に行って観るような余裕はなさそうな気がするが……。

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 羽生くんは今年も24時間テレビに出るとのことで、今度は地元仙台でのアイスショーとか。演目はなんだろう。「春よ、来い」だといいな。
 他にもファンタジーオンアイスのグッズや羽生結弦展のグッズの通販の情報が流れてきているが……いろいろ欲しいと云えば欲しいが、きりがなくなるからなあ、ううむ。


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08.03
Fri
 羽生くんと「春よ、来い」で競演したピアニストの清塚信也さんが、こないだラジオで羽生くんのことをベタ褒めだったということが、記事として上がっていた。
 羽生くんが音楽のライヴ感を活かす滑りをしてくれるということに対して清塚さんは絶賛している。音楽は生ものだから一回一回同じ演奏にならないが、羽生くんはそんな変化にもちゃんと呼応して演技してくれるということである。
 これは私の推測だが、もちろん羽生くんの意識にも「音楽のライヴ感を活かそう、ライヴだからこその一回一回の違いを大切にしよう」という意志はあるだろうけれど、とにかく羽生くんは音楽に対する感覚が人並み外れて鋭敏なので「音楽に合わせよう」という意識以前に身体の芯から「音楽に合わせずにいられない」というようなところがあるのだろうと思う。云ってみれば、音楽を遮断できない、音楽というものが流れている限りそれに呼応せずにはいられない体質なのではないかと思う。というのは、私も感覚的にそういうところがあるからだ。音楽がかかっているとついつい身体のどこかで拍子をとってしまったりする。ノリのいい音楽だと踊り出したくなったりする。音楽が自分に与える感覚というのを無視できないのだ。ただ、私の場合はかなりどんくさいので、自分が音楽に対して感じている感覚を、そのまま身体の動作にきれいに結びつけることができない。「自由に踊ってもいいですよ」と仮に云われたとしても多分ぶざまに身体を揺するぐらいのことしかできない。そこを見事に、しかもスケートを滑りながら結びつける力を持っているのが羽生くんだと思う。

 羽生くんが音楽に呼応して演技するように、清塚さんの演奏も、羽生くんの演技に呼応して大なり小なり変化するのだろう。お互いに呼応し合って、本当に一体化した、融合した一つの作品になる……それは、演奏、演技している二人自身にとって相当に幸せな体験だろう。もちろん観客にとってもそれは夢のような体験である。

 才能のある人どうしが呼応しあう場面を見聞するのが好きだ。今回の清塚さんと羽生くんももちろんその一つの例だし、以前は指田フミヤさんやサラ・オレインさんとも素敵な呼応があったし、対談という形では野村萬斎さんや松田華音さんともとてもいい呼応があったと思う。羽生くんは呼応する力が高いと思うので、これから先もいろいろな人と共演したり対談したりして欲しいなあと思うのだった。

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 羽生結弦展に私は行けていないので(福岡で追加開催してくれるようにちょっと暴動でも起こしたい気分)、羽生くんの衣装を見ることはできていないのだが、衣装を着せていたトルソが特注だったという話は興味深かった。「女性的な細身の体型ではなく美しい男性的なプロポーションでありながら。身長やサイズからイメージされる一般的な日本人男性とは全く異なる、美しい身体のカタチ。」とのこと。鍛えていて普通の人よりはるかに引き締まっているという部分ももちろんあるだろうが、それ以前にやっぱりあの体型は何らかの遺伝子の奇跡が働いているんだろうなあ。


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07.29
Sun
 10日ほど前に出たAERAの記事が印象に残った。羽生くんは実は練習時間が短い、云い換えれば効率的に練習をしているスケーターなのだということを改めてピックアップしてくれた記事である。
 「長時間やる」ということが美徳とされがちな日本のスポーツ界、のみならず日本社会のあり方にも羽生くんのあり方が一石を投じるといいなと私も思っている。
 ただ「やみくもに長時間やらずに効率よく短時間でやるようにしましょう」と云ってもぱっと実行に移すのはたいていの人には難しいのではないだろうか。「効率よく」やるためにはどうすればいいのか、ということになると、羽生くんがやってきたように「研究」をする必要が出てくると思う。羽生くんは「努力の正解を見つけるのが大切」ともかつて語っていたが、研究というのはその努力の正解を見つける過程なのだと思う。
 どういうふうに研究すればいいのか、ということに関しては、個々人によって置かれた状況や能力や特性が違うから、個々人が主体的に模索するしかないんだろうな、と思う。だからそういう、主体的に模索する力、というのをたとえば子どものうちに自然に身につけさせるような教育なり環境なりなんなりが大事なんだろうな、と漠然と思ったりする。
 ただ、先例というのはそういう際に参考になるものだと思うので、将来的に羽生くんが後進や、あるいは世の中の多くの人たちにアドヴァイスを送る立場になった時に、自分はどういうふうに研究して努力の正解を模索していたか、ということを具体的に語ってくれたらいいな、と思っている。今はまだ「企業秘密」という部分も多々あるだろうから難しいだろうけれど。
 あと、羽生くんはそうやって「研究」して考えたことを、実際に自分の身体で再現する力というのがとても優れているんだろうなと思う。でないと、いくら研究したところで短時間練習で効率よく結果を出すのは難しいと思うので。私はスポーツが全然ダメな人間なので、研究したことを自分の実際の身体の動きにどうやって結びつけるのか、といったことについては全く見当もつかない。何かコツなどがあるのか、言葉にするのが難しい要素も多々ありそうだが、もし出来ることならそのへんについてもいつか語ってもらえたらいいな、と思ってみたりした。羽生くんの優れたイメージトレーニング能力が関係していそうな気はするが、そのイメージトレーニングもどうやったら上手に効果的に出来るか、というのも何かコツなどあるかもしれないし。そういう話も大いに後進の参考になりそう。
 羽生くんは将来的に金メダルをめざす後進の役に立つようなことをしたいと云っていたと思うので、研究の仕方、そして研究と実践の結びつけ方についての経験、ノウハウをたくさん伝えてもらえたらなあ、なんて僭越ながら思ってしまった次第である。私がこんなところに書かなくても、羽生くんはとっくにそのつもりかもしれないけれど。


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